COLUMN 誹謗中傷コラム

2024年パリオリンピックも無事に閉幕を迎え、様々な感動と共にスポーツの素晴らしさを教えてくれたオリンピック選手たちに対し、多くの称賛が寄せられました。
しかしながらその一方で、日本だけでなく世界各国でオリンピック出場選手に対する心無い誹謗中傷が生じており、オリンピックの閉幕後も、選手たちは心休まる暇がないという状態が続いているようです。
これらは氷山の一角かもしれませんが、今ニュースになっているものだけでもパッと下記のような記事が出てきます。

相次ぐ選手へのSNS中傷 日本勢も被害、抑止訴え〔五輪〕(時事通信)

五輪選手中傷で拘束 「社会に悪影響」―中国(時事通信)

パリ五輪男子バレー、敗戦後の荒れるSNSに選手たちは JOCは「法的措置も検討」発表(ねとらぼ)

パリ五輪選手へのSNS中傷「法的措置検討」 JOCが緊急声明 「心を痛め、不安や恐怖も」(ITmediaNEWS)

もっとも、オリンピックだけでなく、野球やサッカー、バスケットボールなど、日本においても各種プロスポーツには熱狂的なファンが存在し、選手たちのプレーや采配などについて、喧々諤々の議論があちこちで繰り広げられています。

そんな中、『誹謗中傷に対する法的措置』という言葉を見て「それじゃあ好きにスポーツについて文句を言ったり、選手に対して檄を飛ばしたりもできないのか!」と、批評や論評についてもある種の言葉狩りではないかと疑問や憤慨を覚える人もいることでしょう。

そこで、本稿では、批評・意見論評として許される表現行為と、誹謗中傷として許されない表現行為の区別について解説いたします。

誹謗中傷とは

まず、大前提として、誹謗中傷とはどういう意味でしょうか。

一般的な言葉としての誹謗中傷

インターネット上で簡単に検索・利用することのできるweblio辞書によると、

誹謗中傷とは、根拠のない悪口を言いふらして他人の名誉を損なう行いのことである。「誹謗」は「人の悪口を言う」ことであり、「中傷」は「根拠のない内容で人を貶める」ことである。厳密な意味は異なるが、どちらも悪意を持って他人を攻撃する行為である点は共通しており、類語の関係に位置づけられる。

weblio辞書

と記載されています。

ここで、次に記載します法律上の誹謗中傷との意味内容の違いを先に少し見ておくと、「根拠のない悪口」というキーワードが目に付くかと思います。よく、「本当のことならなんでも言っていい。」と思われている方について、それはおかしいなどの論説があちこちで見られることですが、まさにこの点が法律上は問題とされることが多く、裁判上の争点となることもままあります。

法律上の言葉としての誹謗中傷

法律上の誹謗中傷は、大別して名誉毀損名誉感情侵害(侮辱)に分類されることがほとんどです。特に、感情任せに人に対して攻撃する場面では、名誉感情侵害(侮辱)の問題を生じることが多いです。

具体的な区別については、本サイトの下記コラムで解説しておりますので、よかったらご一読ください。

インターネット上の誹謗中傷における名誉毀損と名誉感情侵害|発信者情報開示・削除の可否の基準(新しいウインドウが開きます)

簡単に説明しますと、

名誉毀損は他者の具体的な何らかの事実を提示することにより、その社会的な評価を低下させることをいい、

名誉感情侵害(侮辱)は他者に対する人格攻撃や度を過ぎた批判により、その者の心を傷つけるようなことをいいます。

そして、先ほど述べたことに関連するのですが、これらはいずれも「本当のことであっても言ってはいけないことがある」という共通の特徴を有しています

名誉毀損が問題となる場面においては、本当のこと(真実のこと)であっても、それが対象者の社会的評価を低下させるような内容である場合には、原則として言ってはいけません。人の社会的評価を低下させる本当のことのうち、例外的に言うことが許されるのは、その言うこと及び言う内容が公共の利益(広い意味での社会の利益)に資するものであり、かつ主観的・客観的に公益に資することを目的としている場合に限られます

次に、名誉感情侵害(侮辱)が問題となる場面においては少し難しく、社会的に相当とされる限度を超える侮辱行為が違法となる、という裁判上の定式に当てはめて考える必要があります。表現行為は多種多様であり、同じような場面で同じような表現行為が問題とされるということは稀であることから、必ず「この場合はこうなる。」という方程式は存在しないと言っていいでしょう。

そこで、弁護士という職分を離れても分かりやすく説明するのであれば、問題とされる表現行為の前後の文脈(特に前の文脈)から見て、「それは言われても仕方がないだろう。」というような場面であれば、名誉感情侵害(侮辱)とならないことが多いと考えられます。

例を挙げるならば、口喧嘩やレスバ(レスバトル)の場面において思わず口をついて出てしまったような言葉であり、売り言葉に買い言葉と評価できるようなものです。刑法における正当防衛の場面と似たようなものと考えることもできるようなもので、先に酷いことを言ってしまったのであれば、上記の定式における「社会通念上相当とされる限度」というハードルの高さが上がってしまう、とお考えください。要は、無防備な状況で侮辱行為を受けるよりも、自らそういわれても仕方がない場面を作っていると客観的に見られるような場面においては、この「社会通念上相当とされる限度」を超えない侮辱行為が出てきやすい、ということです。

批評・意見論評

では次に、多少苛烈な言葉を用いているものであり、対象者を傷つけるおそれのある表現行為であったとしても、それが批評・意見論評であれば許されることがある、という命題があるとして、(結論からいえばこれは真なのですが)この命題が真実であるとするための要件や立ち位置について検討しましょう。

民事事件と刑事事件の区別

まず、批評・意見論評が名誉毀損や名誉感情侵害(侮辱)の場面においてどう作用するかということは、民事事件と刑事事件とで話のスタートが異なります。

前提として、刑事事件において適用される刑法上の名誉毀損(刑法230条1項)は、下記のような条文となっています。

刑法第230条第1項 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。

ここでは、「事実を摘示し」ということが明確に要件とされており、刑事事件においては、類推適用や拡大解釈は禁止されていることから、この要件から外れる表現行為を名誉毀損罪として処罰することはできません

しかしながら、民事事件において適用される民法上の名誉毀損は、その要件が明確にされていません。

最高裁判所は、民法上の名誉毀損につき、下記のように判示しています。

名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。

(最判平成9年9月9日判決)

そのため、刑事事件上は意見論評によって処罰されることはないものの、民事事件においては同様の表現行為が損害賠償請求の対象となるということがありえるということにご注意ください。

批評・意見論評の立ち位置

上記のとおり、単に意見論評であるというだけでは、その表現行為が批評・意見論評目的に出たものであっても、民事上も違法とされる可能性があるという状況です。

それじゃあ批評・意見論評行為は許されないのか、といえば、それはそうではありません。

上記の最高裁判例に照らした際にも、その意見論評が「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるもの」でなければ、違法とならないということになります。

例えばプロ野球において、年間50個の死球(デッドボール)を与えるピッチャーがいたとして、そのピッチャーに対して「さすがにコントロールが悪すぎる。2軍どころかアマチュアでも使えない。」などという意見論評を行うことは、年間50個の死球を与えるピッチャーでコントロールが良いなどという評価があり得ないといっていい以上、このピッチャーの社会的評価を殊更低下させるということはないでしょう。そのため(年間50個も死球を与えるピッチャーは実際のプロではあり得ませんが)、上記の表現行為は意見論評として許される範囲といっていいでしょう。

つまり、対象者の人格攻撃に及ぶなど意見論評といえる領域を逸脱しないで、事実摘示の場面における公益性、公共性、真実性の要件を満たすのであれば、意見論評行為は違法とならない、ということができます。

そして、名誉毀損だけでなく、名誉感情侵害(侮辱)の場面においても、意見論評が社会的通念上相当とされる限度を超えるかどうか、という観点からその適法違法が判断されることになります。一般的には、意見論評という行為は憲法上の表現の自由との兼ね合いで重要とされる以上、単なる事実摘示や人格攻撃オンリーの表現行為に比べ、適法とされる余地が広くなります

具体例

では、オリンピック選手に対して意見論評する場面を考えてみましょう。

どのような批評・意見論評であれば適法となり、あるいは違法となるでしょうか。バレーボール選手に対する誹謗中傷が苛烈なものであるという報道が多数なされていることから、ここではバレーボールの試合観戦をしていた人がインターネット上の匿名掲示板において、A選手を対象として意見論評行為をした、という仮想の場面を想定しましょう。

  • ①「Aってやつサーブ下手くそだなもっと練習しろよ。」
  • ②「あれも拾えないとかAが入ることができるオリンピック代表のレベルも下がったな。」
  • ③「A選手はオリンピック代表に選出されたこと自体がおかしいからもう死んだほうがいい。」
  • ④「Aはあんな女と結婚したから下手になっているんだ。早く離婚してしまったほうがいい。」

上記の3つの書き込みについて、結論から言えばおそらく①②は適法、③④は違法とされるでしょう。

①については、単に投稿者の見解・感想を記載するにとどまるものであり、投稿内容が殊更A選手の社会的評価を低下させたり、社会通念上相当とされる限度を超える侮辱となるとはいえないでしょう。

②についても、オリンピック代表のレベルが下がったあるいは過去の代表レベルと比べてもA選手が劣るという投稿者の見解・感想を記載するものであり、投稿内容自体A選手にとって屈辱的なものとも思えますが、A選手の日本代表という立場や実際のプレー(どのようなものかは想定していませんが…)のレベルなどから、ある程度の批判は甘受すべきという判断となりそうです。

③の場合、死んだほうがいいという記載は明確に不要なものになります。つまり、意見論評として必要な書き込みの内容ではなく、徒にA選手に対して人格攻撃をするものということができ、意見論評の域を逸脱した違法なものといえるでしょう。

④については、結婚相手を出す必要もなく、結婚相手とA選手のプレーのレベルとに客観的な相関性を見出すことはまずできないといえること、離婚をすべきというスポーツに対する意見論評とはまったく関係のない投稿であることから、違法といっていいです。

なお、これらの投稿単体で見ることでその違法性について判断することもできますが、通常の誹謗中傷に関する法律実務においては、その前後の投稿内容や掲示板、SNSの流れというものにも着目します。否定的な意見が羅列されているような状況であれば、いわばトドメの一撃のような形で、後のほうの投稿の違法性が高まるということがありますので、上記のような投稿であれば絶対適法、絶対違法という100%の保証はありません。

総括

本稿で解説しました批評・意見論評に関する理論、考え方は、誹謗中傷やインターネット上の法律における様々な理論のほんの一部にすぎません。単なる批評・意見論評だと思われる投稿に関しても、その他の問題となる理論が多々存在することがあり、インターネット上の法律問題に精通した弁護士でなければ、それらの問題を網羅的に把握し、対処することが難しいことがあります。

当事務所では、最新の理論、裁判例まで研究する弁護士により、お客様に対してインターネット上のトラブルに対する様々なリーガルサービスを提供しております。

インターネット上のトラブル、誹謗中傷、プライバシー侵害、著作権侵害などでお悩みの方は、初回相談無料となっておりますので、お気軽にお問い合わせください。

担当弁護士

弁護士 藤本 大和

SNS上のインフルエンサー、イラストレーター、YouTuberに対する誹謗中傷を中心として、特に発信者情報開示請求に注力している。
インフルエンサーや芸能の法的問題に対する様々な知見を有することから、特にSNS上で一定の知名度を得ているクライアントに対して、手広く法的サポートを提供している。

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